【娘への手紙】生まれ育つ場所の色

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昨日は、すごい雪だったのね。

最初、エイプリルフールの冗談かと思ったわ。

だって、京都は春爛漫。

京都の円山公園の枝垂れ桜は、満開でした。

桜の花びらが風に舞って、人々の髪を飾っていました。

円山公園は、明治時代の、稀代の庭師、小川治兵衛が作った庭よ。

あの付近は、明治の富豪が集まった土地でもあるの。

そして、もうすぐ東山が、新緑に彩られるわね。

柔らかい黄緑、瑞々しい深緑、木々の形をした宝石が輝いているように。

緑色への感受性は、東山で育まれたみたい。

なんて美しい場所に住んでいるのだろうと、心が震えるわ。

あなたも、そんな場所で、生まれ育ったのよ

【教育】本物に見慣れる効果

幼い娘へ、本物の絵画を見せてきました。

家には、私たち日本画家の夫婦が描いたスケッチや、本画(岩絵具で描いた絵)が、常にありました。

休みには、親子で美術館に通いました。

本物を見続けると、偽物が感覚で分かります。

「何かが、変だ」と、本物に触れた時とは違う違和感を、察知できるようになるのです。

娘は美術館で名作を見慣れていたからか、毎年の公募展で、私たちの絵が落選しそうなときは、分かっていました。

一番率直な審査員でした。

【教育】親離れをさせるとき、自分の子供時代を手放す。

京都にある、私の画廊では、梅の花が満開です。

幼い頃から植えてある紅梅の、気高い香りが、庭に漂っています。

母に抱かれて、1歳の私が、梅の花へ小さな手を伸ばしている写真が残っています。

 

幼い頃の思い出は、ふとしたときに、脳裏をよぎります。

娘を見ているとき、気がつくと、自らの幼い頃に重ねて見ています。

「私も、自然の中で遊ぶのが好きだった」

「私も、ずっとお母さんに抱かれていたかった」

満たされなかった、切ない思いも重なります。

娘は娘、私は私なのですけれど。

 

子供をアメリカへ送るときに、自分自身の子供時代も一緒に、見送ったように思いました。

寂しさと、保護者としての役割を全うした安堵が、涙になりました。

保護者でいる間は、心の中に住む、小さなままの私も、一緒に育てていたのでしょう。

空港で、2人の子供を見送りました。

ようやく、1人の大人としての、親になれた気がします。

【娘への手紙】不屈の人

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この写真は、東京新国立美術館での、安藤忠雄展で撮影したのよ。

光の教会の、原寸大のレプリカがあったの。

安藤忠雄氏の、不屈の精神に、いつも心を打たれます。

独学で、世界の建築だけではなく、あらゆる教養を学んだのよ。

あなたも、たった1人で、知らない国へ行ったのね。

苦しいことも、泣きたいことも、あったでしょう。

私には、想像もできないことも、あったはずね。

でもあなたは、文句1つ言わずに、乗り越えてきた。

あなたの、最高に素晴らしいところは、どんなに難しい状況に見えるときでも、前に進もうとするところよ。

歩みは、ゆっくりだけれど、いつしか大きな業績を挙げている。

愛らしい笑顔の、不屈の人。

【教育】愛の種を撒く

子育ては、種まきの時期が長いのです。

すぐには花開かない種を、子供が小さな頃から、心の中に植えていきます。

ひとつ、ひとつ、毎日。

いくつ撒いても、花が開かないように見えることも、ありますね。

反抗期には、育て方を間違ってしまったような気になります。

それでも、その時期が来れば、必ず花開きます。

愛の花です。

自分を愛し、人を愛することで開く花です。

愛に満たされた大人に育てることが、親の、最大の仕事だと感じます。

【教育】親が心配を先取りしない

子供の未来を、親が先取りして心配しないように、気をつけていました。

娘が「アメリカへ留学したい」と言い出したときに、危ない国だよと、心配してくれた人たちがいました。

愛情からの反対だったので、嬉しかったです。

ですが娘へは、「気にしないでいいよ」と伝えました。

親が思う以上に、子供は、自分の未来を見通していると感じます。

親のことも、よく分かっています。

その上で、自分のやりたいことを言っているのですから、しなくていい心配は、する必要ないですね。

【娘への手紙】時間が描く絵画

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これは、京都の東寺で撮った、古くなった扉の一部です。

色々なものが、ぶつかって出来た傷が、美しいわね。

まるで抽象絵画のよう。

風化したものが、どうして美しく見えるのかしら。

これから先も、この扉は、傷を増やしていくのでしょうね。

進化する、自然の絵画みたい。

 

 

芸術の面白いところは、正確には、永遠に完成しないことかもしれません。

どんな作品も、物質として表現されている限り、劣化、風化していく運命にあります。

日本画の場合は、10年も経たない間に、紫外線による変色で、描き上がった時とは、雰囲気が変わります。

でも「変化していい」と感じる心を持っている人が多いのよ。

よく考えると不思議ね。

日本の四季の移り変わりや、生死観に、関係するのかしら。

変化を愛する人は、その瞬間、瞬間の存在を、愛している感じがするわ。

今、ここにあるものに集中できるからこそ、変化も受け入れられる。

有限と無限は、矛盾しないのね。