【娘への手紙】日本人の光

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ここはアパートの近く?

住宅街のような感じね。

木漏れ日が美しいわ。

光は、どこの国で見ても、いつもきれい。

中国の故宮の黄色い屋根が、夕暮れの光に輝いていたのも、喧騒に満ちたローマの、薄暗い聖堂の床に、一筋の光が落ちていたのも。

光を描いた絵を見ると、心が澄んでいきます。

スリやぼったくりにビクビクして歩いたローマで見た、ルネサンス絵画の黄金の光、カラバッジョの、横から射すドラマチックな光は、人が光に何を見たのかを、明確に表現していますね。

光は、いつの時代も、神聖で、清浄なものでした。

 

日本の絵画では、光を描くことはありませんでした。

影も描かれませんでした。

明るさと、暗さを描くことはありました。

光そのものを描いた絵は、海外の影響を受けるまでの作品では、見たことはありません。

 

ですが、源氏物語絵巻や、春日権厳経記絵巻などの、平安、鎌倉時代の絵巻に描かれた色の明るさを見ると、当時の人は、色のなかに光を感じていたのではないかと、想像しています。

なぜなら、日本の黒には、光が含まれているからです。

陶磁器の漆黒の輝りにも、漆器の漆黒の滑りにも、どこか光を感じます。

日本画の黒も、藍銅鉱や朱、孔雀石を焼いて作ったりしますが、決して「真っ黒」にはならないのです。

先日、久しぶりに、象牙を焼いた黒の絵の具を使ったのですが、柔らかい黒でした。

私の主観ですが、黒の中に光を感じる感性は、日本人に、元来あるように思います。

 

サイエンスでは、色は光の波長でしたね。

フランスの印象派の時代に、ニュートン光学を画家が絵画技法に取り入れました。

それまでは、ゲーテの色彩論に書かれているように、緑は緑でした。

ゲーテの色彩論は、色への愛情が見えて、私は好きです。

サイエンス的には正しくないのでしょうけれど、彼が言うように、緑は緑という固有のものであると、芸術的には、そちらを支持したいですけれど。

それはそれとして。

 

あなたは、日本にいたときと、光の捉え方は、変わりましたか?

大学の図書館の、ステンドグラスからの光は、素晴らしいでしょう。

美術品や本は光を嫌いますが、美しい光が見える場所で過ごすことは、生産性を上げてくれそうですね。

また教えてください。