【娘への手紙】流れていく星屑

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あら、オレンジジュースを飲んでいたの?

落ち着きそうな食堂ね。

今日は忙しい日でしたから、あなたから写真を送ってもらって、ホッと一息つけました。

頭がね、忙しかったの。

 

どうしても欲しい資料が手に入らなくて、でも手に入れたいと、拘ってしまいました。

無いなら無いで、なんとかなるのですが、頭の切り替えができなくて。

あなたも、そういうことはあるでしょうね。

どうやって、方向転換をしていますか?

 

絵を描くときも、以前は絵の具が足りなくなると、「買いに行かないと描けない」と、作業を中断していました。

でも、「どうしてもこれ」という拘りだけではなく、「流れ」というものも、ありますね。

無いなら無いで、描いていって、良い絵になったこともありましたっけ。

 

絵画も、1枚の傑作が歴史を変えるということは、ほとんどありません。

流れの中で、新しいものが形になります。

確かに代表作として、美術史に、「この絵画は革新的」と取り上げられるものはあります。

ですが、その前には「出てきてもおかしくない流れ」があったのです。

 

美術史は、流れを分断してしまう危険性もあるのです。

すべてを記述できないので、仕方ないことなのですが、細かに美術史の周縁の出来事を見ていくと、日本画の巨匠・竹内栖鳳の前には、幸野楳嶺だけではなく、まだ宮中で使われていた有職の、雅やかな道具類や、シンガポールやロシアなどの貿易で入ってきた異国の大胆な図像が、日常にあったりしました。

でも、そういうことは、伝記レベルにならないと、詳しく表記されません。

細かな記述を端折ってしまうと、まるで彗星のように、いきなり出てきたスターになるのです。

でもまあ、スターである方が、読み手は彼を好きになりそうですね。

いつの時代も、誰かが天才の役割を担わないと、そのジャンルは目立たなくなってしまいます。

 

こんなことを書いていたら、手に入らない資料に拘って、疲れてしまったことが、馬鹿らしくなってきました。

明日から、違うアプローチをしてみましょう。