【娘への手紙】天からの呼びかけ

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『プラダを着た悪魔』のミランダのようなボスに、しごかれているとか。

いいわね。

若い間に、無茶な仕事を引き受けておくと、中年になって、生産性が高くなりますよ。

早く終えるコツ、手を抜くコツを考えることは、どんな仕事にでも必要です。

絵だって、時間をかけて描けばいいというものでもないもの。

集中力の問題だと思うわ。

 

最近、不思議なことばかり起こっています。

注文したはずの、健康食品が届かなかったり。

履歴を確認したら、注文していませんでした。

でも私は、ちゃんと注文した記憶があるのだけれど・・・。

 

不思議なことと言えば、先日ここに書いた、木島桃村に宛てた山田宗美の手紙が、いまの時代になって、私の手元に届いたことも不思議です。

さっそく、明治工芸の世界的なコレクターで、清水三年坂美術館の館長・村田理如さんにお見せしました。

清水三年坂美術館には、山田宗美の、鉄の打ち出し技法を使った、非常に美しい一輪挿しがあります。

あなたも見ましたね。

最初に見たときには、「1枚の鉄を、本当にこんな形にできるものだろうか?」と、信じられませんでした。

その発想からして、奇跡のような作品です。

 

山田宗美と木島桃村との関係について、もっと知りたくなりました。

なぜ山田宗美が、桃村を知っていたのか・・・。

手紙が送られている時分の桃村は、まだ10代で、工芸デザイナーとしても、駆け出しと言える立場です。

ただ桃村は、若いながらも、帝室技芸員(今で言うところの文化勲章です)の山高信離(やまたか・のぶあきら)と親交があったので、その交友関係の中からでしょうか。

山田宗美も、帝室技芸員に内定するほどの人でした。

発表を前に、44歳で亡くなってしまうのです。

 

そんなことを考えていると、芸術家は、永遠に人から忘れ去られることはないのだと感じます。

作品は、永遠に生きるのね。

作品とともに、芸術家も生き続けるのです。

山田宗美から「私のことも、知ってください」と、天から呼びかけられた気がしています