【娘への手紙】画家たちの珍獣

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この日本画は、京都に住んでいた木島桃村が明治34年に描いた《熊の圖》。

「圖」は「図」よ。

気づきませんか?

熊の顔が、成獣のように迫力があるのに、体つきは、小熊のように可愛いの。

それが不思議な調和を生んでいる名画です。

たぶん、実際に熊を見る機会が、ほとんどなかったからじゃないな?と想像しています。

京都の動物園ができたのは、明治36年です。

それまでは、見世物のように、洛中の繁華街で動物を見せていたのだとか。

桃村の縮図帳(写生帳のこと)にも、見世物で見た小熊が描いてあるのよ。

 

虎やライオンの絵も、まだ動物園などで実際に見ることができなかった時代は、猫を参考にしたり、中国の絵画を見たりして、想像で描いていたの。

虎は中国でも、実際に見た画家はほとんどいなかったでしょう。

見ることができたのは、撃ち殺された虎だったはず。

動作は、分からなかったと思うわ。

描かれているのは、猫の仕草で、虎の姿の、どこにもいない珍獣のような動物。

それはそれで良い感じね。

この世の、どこにもいない動物。

神獣っぽいわ。

竹内栖鳳の、写実的なライオンの日本画が描かれたときに、ほかの画家の縮図帳にも、生きたライオンの写生が出てきます。

なんだかね、「形をしっかりと写したい」という気持ちが強いのか、ちょっと、おずおずした線ね。

空想を挟み込むことで、画家は自由になれるのだなと感じました。

 

動物園がなかった時代の画家にとっては、いまの動物園は、きっと珍獣揃いだわ。

シマウマも、バイソンも、レッサーパンダも。

「なんだこれは」と驚くでしょうか。

見慣れてしまう前に、描いておけば良かったと思います。

見ることができないものへの憧憬を失いつつある私たちは、ちょっと損をしている気がしました。