【娘への手紙】美から生まれるもの

絢の写真3

自由の女神ね。

目の前が広がる、すごくいい写真。

あなたの写真が好きよ。

綺麗なものを、そのまま綺麗に撮れるのは、すごくいいわ。

 

20代後半のころに、私は突然、「美しい」ということが分からなくなりました。

「美」は相対的なもので、時代によっても、美の基準は変わります。

あるとき、絵を描いていて、何が美しくて、何が美しくないのか、基準が混沌とした状態になりました。

岩絵の具の緑青が美しいのか。

モチーフの欄は、美しいのか。

「美しいと言われるもの」だと理解できるのですが、「美しい」という実感がないのです。

 

その世界は、非常に苦痛でした。

味わいがない、感動もない、いつも感情が平坦な世界です。

人間が、美というものに、いかに多くの感情を頼っているのかを知りました。

人は、愛も、悲しみも、喜びも、美しさをもとにして、捉えているのだと感じます。

 

それを契機に、芸術学を通信制大学へ学びに行ったのです。

美を、もう一度取り戻すために、学術的な場所から、私のなかにある美を捉え直してみようと。

飛鳥・白鵬時代の、舶来の美。

平安時代の、和様化の美。

鎌倉時代の、写実の美。

それぞれの時代に、物を作る人が追い求めた美がありました。

 

あなたの「美」は、どこから生まれたのかしら。

数式を美しいと感じる、その感性を体験してみたいわ。

私のなかの、日本画の色彩を愛でる美は、一度手放してしまって、勉強した後に、再び獲得したものです。

美を疑って、再び、手にしたものです。

だからこそ、日本画を、強く愛しているかもしれません。