【教育】親離れをさせるとき、自分の子供時代を手放す。

京都にある、私の画廊では、梅の花が満開です。

幼い頃から植えてある紅梅の、気高い香りが、庭に漂っています。

母に抱かれて、1歳の私が、梅の花へ小さな手を伸ばしている写真が残っています。

 

幼い頃の思い出は、ふとしたときに、脳裏をよぎります。

娘を見ているとき、気がつくと、自らの幼い頃に重ねて見ています。

「私も、自然の中で遊ぶのが好きだった」

「私も、ずっとお母さんに抱かれていたかった」

満たされなかった、切ない思いも重なります。

娘は娘、私は私なのですけれど。

 

子供をアメリカへ送るときに、自分自身の子供時代も一緒に、見送ったように思いました。

寂しさと、保護者としての役割を全うした安堵が、涙になりました。

保護者でいる間は、心の中に住む、小さなままの私も、一緒に育てていたのでしょう。

空港で、2人の子供を見送りました。

ようやく、1人の大人としての、親になれた気がします。