【娘への手紙】明治時代のパトロネージュ(1)

京都は、ようやく涼しくなりました。

窓を開けて、庭を眺めていると、秋の香りがします。

私の祖父が、よく縁側に腰掛けて、本を読んだり、将棋を指したりしていましたが、今はあなたのお父さんの特等席よ。

休日には、1日中、縁側で読書をしているの。

祖父を思い出して、懐かしいわ。

私は祖父の書斎だった部屋で、この手紙を書いています。

大正時代から、私たち家族の営みは、変わっていませんね。

 

明治時代の絵画研究から、芸術家のパトロンたちにも興味を持つようになりました。

芸術家を支援する人を、パトロンを呼びます。

支援する行為は、パトロネージュです。

倒幕から、大政奉還を経て、日本の近代国家が誕生します。

混乱する世相の中にありながらも、商機をつかんだ商人たちは、政府よりもいち早く、近代的なインフラ整備に進出し、巨額の財を築いていきます。

その商人たちが、芸術のパトロンになったのです。

 

いまは、作庭家の重森三玲を支援したと言われる、安田善次郎について書かれた本を読んでいます。

重森三玲の考案した、美術大学設立を、支援する予定だったとか。

関東大震災で計画は中止になったそうですが、安田善次郎がどんな人だったのか、調べてみたくなりました。

善次郎は、彼が亡くなった大正10年(1921年)の資産が、2億円を超えていたと言われています。

エリート官僚の初任給が70円程度、国家予算が15億9100万円だったとか。

国家予算の8分の1の資産は、想像を絶しますね。

どんな人だったのか、一緒に調べていきましょう。

(2へ続きます)